大阪地方裁判所 昭和31年(行)34号 判決 1956年10月31日
原告 吉尾咲弥 外一名
被告 大阪府建築主事
主文
原告等の訴を却下する。
訴訟費用は、原告等の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は、「被告が訴外国際電信電話株式会社に対して昭和三〇年八月二六日付第八、三〇八号をもつてした建築計画の確認はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告咲弥は大阪市東区備後町一丁目二三番地の三並びに同所同番地の四の土地合計三八坪五合八勺を所有し、同地上に店舗、羊かん製造工場及び住居等の平家建建物三棟を建築所有し、原告良野は右建物で喫茶店営業及び羊かんの製造販売業を営んでいる。右土地に隣接する同所同番地の一宅地一一八坪八合三勺ほか五筆の土地合計約六〇〇坪(本件土地)は訴外国際電信電話株式会社の所有であるが、同会社は、昭和三〇年七月二九日被告に対し、本件土地に地下二階、地上七階の鉄筋コンクリート造事務所を建築する計画について建築基準法第六条第一項に基く確認の申請をなし、これに対し被告は同年八月二六日付第八三〇八号をもつて同会社に対し右建築計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基く命令及び条例の規定に適合することを確認した。そして、同会社は訴外清水建設株式会社をして既に昭和三〇年五月上旬頃から本件土地に地窖をうがつなどの工事に着手させ現に右建築計画に基き新築工事を続行中である。
二、しかし、被告のした前記確認処分は次の点において違法である。
民法第二三七条第一項によると地窖をうがつには境界線より三尺以上の距離を存することを要するのに、訴外国際電信電話株式会社が被告に提出した前記建築計画には、地下室(地窖)をうがつ地点について原告所有の隣地との境界線からどれだけの距離を存するかについては全然明示してなかつた。ところが、被告は建築基準法第六五条によると防火地域又は準防火地域内にある建築物で外壁が耐火構造のものについてはその外壁を隣地との境界線に接して設けることができるから、地下室もこれと同様隣地境界線に接して設けることができるとの見解のもとに、前記建築計画が民法第二三七条第一項の規定に適合するか否かを審査することなく漫然と確認をしたのである。しかし、建築基準法には民法第二三七条第一項の規定を排除する旨の規定は存しないし、建築基準法第六五条にいう建築物とは通常用いられる意味に従えば地上建築物を指し、地下室の如きものは含まないというべきであるから、同法第六条において確認の対象となるべき「建築物の敷地」に関する法律とは民法第二三七条第一項をも含み、同条に適合するか否かは当然審査すべきである。前記建築計画によると地下室総坪数は四五五坪六五、中二階九坪八勺となつており、現に工事施行者である清水建設株式会社が本件土地にうがつた地窖は原告所有の隣地との境界線全般に接し距離八寸一分ないし一尺三寸五分の地点から深さ約三〇尺、広さ約四五〇余坪の世上通有の地窖に比しより深くかつ広大なものであつた。かように深く広大な地窖をうがつと隣地に甚しい亀裂、地盤の沈下、隣地上の建物の傾斜、沈下及び甚しい被損を与えるので、これを避けるためには隣地境界線から十二、三尺の距離を存する必要のあることは土木建築業者の常識とされている。大建築物に地下室は設けることは近時の建築工事の特免ではあるが、隣地及びその地上建物に甚しい被害を与えないためには、地窖は隣地境界線から三尺の距離を存しなければならないとする民法第二三七条第一項の規定は地窖をうがつ者にとつて最小限度守らなければならない制限であると共に隣地の所有者にとつて受忍すべき限度である。被告のように民法第二三七条第一項の規定を顧慮することなく確認をすれば、建築主は当然同条の規定を無視して隣地境界線に接して地窖を穿うがち隣地所有者の正当な権利、利益を侵害するに至ることは明らかで現に国際電信電話株式会社は本件確認をうけた結果、同条の穿堀の制限を無視して前記のように原告所有の隣地との境界線より僅かの距離を存したのみで地窖をうがつ工事を施行せしめ、原告等の土地、建物に堪え難い被害を及ぼし、原告等の営業上の損失はもちろんの事一時は身体の危険を憂慮せしめるような事態を生ぜしめた。これは被告の本件確認が前記のように違法に与えられた結果によるものである。
以上のように被告のした前記確認処分は違法であるから、これが取消を求める。」なお、原告等訴訟代理人は、被告の主張に対し次のとおり述べた。
(一) 訴願前置の要件を欠くとの主張について
原告等が本件訴訟にさきだち大阪府建築審査会に対する異議の申立及び建設大臣に対する訴願を経由していないことは認める。しかし、行政事件訴訟特例法によるとあらゆる行政訴訟において訴願前置を要するものではなく当該法令の規定により異議訴願のできる場合にのみ訴願前置を必要とするところ、建築基準法第九四条第二項には異議申立期間につき「処分を受けた」日から起算すべきものとしているのに対し、行政事件訴訟特例法第五条には出訴期間につき「処分のあつたことを知つた日」から起算すべきものとして異つた文言を使用している等の点から見て、建築基準法第九四条に定める異議の申立は、当該処分を受けた者に関するもの(同法第九五条の訴願も前条をうけた規定であるから同様である)と解するのが相当で、原告等のように当該処分の相手方でない第三者であつてしかもその処分について直接利害関係を有するところから、その処分に不服を有する者に関するものではないというべきで、本件は訴願前置を必要としない。仮にそうでないとしても、原告等か異議、訴願を経ないことについて正当の事由がある。すなわち、原告等は、昭和三〇年一一月一八日被告に対し本件確認処分には前述のような違法がある旨の抗議を申し入れたところ、被告は、建築基準法第六五条により地下室も隣地境界線に接して設けることができること及びそのことは関係上級行政庁も同じ見解であると言明した。のみならず前記建築工事の施工者である清水建設株式会社は関係行政庁に絶大な信用があるということであり、異議訴願は徒労に帰するであろうと察知されたので、原告等は敢てその手続をとらなかつたもので、このことは異議訴願を経ないことについて正当の事由があるものである。
(二) 出訴期間が経過しているとの主張について
原告等は、本件確認処分がなされたことについては昭和三〇年一一月一八日大阪府庁に出頭し被告に面接しかつ関係書類を閲覧して始めて知つたものである。それまでは、建築物の計画について建築主事の確認を要することや本件確認がなされたことは全然知らなかつた。従つて原告等は、右の確認処分のあつた日から起算して六カ月以内に出訴しているから被告の主張は失当である。」
被告は、まず主文と同旨の判決を求め、本案について「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は、原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。
「一、原告等主張の一、の事実は、工事着手の時期を除きこれを認める。なお、本件確認処分をするについて民法第二三七条第一項の規定に適合するか否かについて審査しなかつたことは争わない。
二、本件訴は訴願前置の要件を欠く。
原告等は、建築基準法第九四条、第九五条に定める異議の申立及び訴願を経ることなく本件訴を提起している。同法に定める異議、訴願は、当該処分を受けた者に限りなしうる旨の規定は存しないから、当該処分に不服のある第三者といえども、すべて行政訴訟を提起するには同法に定める異議、訴願を経る必要がある。原告等主張のように同法第九四条第二項に定める異議申立の期間は当該処分を受けた者以外の第三者に適用されないと解してもそれは、第三者のなす異議の申立につき期間の定めを欠くにとどまり、そのことによつて第三者は異議(訴願)を要しないと解すべきではない。また異議の申立は建築審査会にするのであり、訴願は建設大臣にするものであるから、原告等の主張するような被告の言明や建築工事施行者の有する信用に関する憶測の如きものは、仮に原告等の異議、訴願に対する結果につき不利な事情を予測させるとしても、関係上級行政庁が原告等の申立に対し拒否の態度を示したわけではないのであり、これらの行政庁と関係のない事情をもつて異議、訴願を経ないことについて正当の事由があるものとはいえない。いずれにしても本訴は訴願前置の要件を欠く不適法なものであるから却下すべきである。
三、出訴期間を経過している。
およそ本件のような大建築物を建築するにはその建築計画、について確認を要することは一般の常識であり、原告等は、さきに建築をしてこの種の手続をしたこともあるから、昭和三〇年八月下旬頃に本件建築工事が着手されたことによつてその頃本件確認処分のあつたことは容易に知り得た筈である。なお、本件工事現場には建築工事施行者である清水建設株式会社が同年八月二七日建築基準法第八九条第一項に基き本件確認があつた旨の表示をしたから、隣地に居住し、右建築工事に深い関心をもつ原告は同年九月上旬には本件確認処分のあつたことを知つたものというべきである。また原告等の代理人が被告に面接した日が原告等主張のように同年一一月一八日であつたとすれば、当日被告に対して本件確認処分の補正方を要求したのであるから、右処分のあつたことはこれより相当以前に知つていた筈で、すくなくともその前日である同年一一月一七日には右処分を知つていたというべきで、同日から起算しても、本訴は法定の六ヵ月を経過した、昭和三一年五月一七日に提起されているから、この点においても不適法として却下すべきである。
四、本件は訴の利益がなく、また本件確認処分は違法な点はない。
建築基準法第六条により建築主事のする建築物の計画を確認する処分は、建築行政上の立場から公法的規制を加え相対的に禁止している建築行為について、申請にかゝる建築物の計画が同法その他建築に関する技術的基準ないし制限を定めた公法的規定に適合することを確認し、建築行為に関する相対的な禁止を当該建築主について解除するにすぎないものでこれによつて建築主をして当該建築物の敷地を私法上その建築計画のように使用しうる権限まで与えるものではなく、いわんや土地の相隣関係に変更を加え隣地所有者等の相隣関係に基く私権の行使を制限する効果を生ぜしめるものでもない。建築主が当該建築物の敷地についていかなる権限を有するか隣地との相隣関係はどうなつているかどうかということは確認処分をするについて審査の対象にならないのである。確認に際しこれらの私権の内容に立ち入つて審査しようとすれば複雑かつ解決困難な問題を生ずることは必定で、建築行政のうえからみて、これらの点の審査をする必要もなければ適当でもない。さればこそ、建築物の計画の確認申請書(建築基準法施行規則第一号様式)も敷地については、その位置、面積など記載せしめるのみで敷地の権利関係についてなんらの記載をも要求していないのである。原告らの主張するような敷地の相隣関係の問題は当該建築主と隣地所有者らとの間で別個に解決すべき事柄である。以上のように本件確認処分によつて直接原告等の私権を侵害したり或いはその法的地位になんらの影響を与えていないのであるから、本件は訴の利益を欠く不適法なものであり却下すべきである。仮にそうでないとしても、前述のように、本件確認処分に際し私法上の相隣関係について審査しなかつたことは違法ではなく、たまたま本件建築物の計画がその敷地について民法第二三七条第一項の規定と相容れない結果を生じたとしても、それは原告等が建築主との間で解決すべき問題である。」
理由
被告は訴却下の判決を求め、その理由の一つとして、原告等は本件訴訟を提起する法律上の利益を有しないと主張するので、この点を考えてみる。
原告等の訴旨は「訴外国際電信電話株式会社はその所有地に、地下二階地上七階の建築物を建築する建築計画について、被告に確認の申請をしたところ、被告は昭和三〇年八月二十六日付で法規に適合する旨の確認をした。原告咲弥は右建築物の敷地を所有し、かつ同地上に建物三棟を所有しているもので、原告良野は同建物に居住して喫茶店営業等に従事しているものである。被告のした前記確認は、民法第二三七条第一項の定める地窖をうがつには境界線より三尺以上の距離を存することを要する、との制限を無視し、これに従わなかつた違法がある。よつて右確認の取消を求める。」というにある。しかしながら、建築基準法第六条による建築確認の目的となつた建築物の敷地について相隣関係を有する第三者は右確認が民法の定める相隣関係の制限に従つていないことを違法事由として、その取消を求める訴を提起する法律上の利益を有しないものと解するのが相当である。およそ違法な行政処分の取消変更を求めるいわゆる抗告訴訟については行政処分によつて自己の権利または法律上の利益を害されたものは一般に原告適格を有する。従つて原告たるものは必ずしも行政処分を受けた相手方のみに限らないか、行政処分の相手方以外の第三者の原告適格は、行政処分に具体的に違法があることを主張し、かつ仮に違法があるとすればその行政処分によつて自己の権利または法律上の利益を害される地位にある場合においてのみ肯定されるものといわなければならない。そうでなければ、その本案判決の確認は、法律上なんら争いのある事態の解決に役立つものとはいえないからである。さて原告等は本件確認の違法事由として、被告は民法第二三七条第一項の定める境界近傍の穿堀制限を無視したと主張するのであるが、建築基準は、国民の生命健康、及び財産の保護を図るため、建築物及び都市環境の質的向上の実現を直接の目標として、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めたものであつて、建築物の敷地に関する同法の規則は、敷地の衛生、安全その他に関する技術的基準にほかならない。従つて同法第六条の規定による建築物の敷地についての確認の対象は、同法及びこれに基く命令、条例に規定する建築物の敷地についての衛生安全等の技術的規制の条項に限られるものというべきである。民法で規定する境界近傍の土地の利用制限の一つである穿堀制限のような、所有権の限界としての私法上の法律関係は、敷地の技術的基準に該当しないことが明白であるから建築確認の審査の対象にならないのである。従つて右民法の規定に適法するかどうかを審査することなく確認をしたとしても違法の問題を生ずる理はない。これと異なる原告等の見解には従い得ない。してみると結局原告等は本件確認処分について具体的に違法事由を主張していないことに帰するから、本件訴は原告適格を欠く不適法な訴とし、却下を免れない。
よつて訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 平峯隆 小西勝 首藤武兵)